私の在宅ケア

 

NPO前橋・在宅ケアネットワークの会
理事長 斎藤 浩

 

在宅医療のゆくえ

介護保険が施行されて三年が経過しました。虚弱老人を抱える家族からもこの制度の使い勝手や保険料の値上げの是非などについての発言がきかれるようになりました。
一方、医師の側では認定審査には励むものの、実際の高齢者介護や医療についての発言や行動が次第に後退しているように思われます。介護施設があちこちにでき、介護保険サービスが膨張すれば、われわれ開業医の在宅医療の機会は減少するのは当然のことかもしれません。これからの医療は医師が市民と対等の立場にたって医療サービスを提供しなければならない時代です。私が在宅医療に取組むのは、開業医の将来に対する危機感からです。開業医が地域住民にとって必要で大事な職業と評価されている現在のうちにあるべき開業医像を模索しなければならないと思うからです。

 

事例① 手を合わせ帰りたいと泣く

元警察官のAさん(90歳)は86歳の奥さんと二人暮らしです。
当院で血圧管理をしつつ毎日近隣の神社の庭掃除を勤めるなど律儀で評判の人ですが、5月初旬に自宅居間で倒れ、即刻A病院に入院。CTで左後頭葉皮質下出血がみとめられ脳内出血と診断されました。高齢のため手術は行わず保存的治療を行いましたが言語障害が残りました。6月初旬に退院となりましたが、退院に際し病院から「言語障害が酷く痴呆症状を呈し泣いてばかりいる。自宅療養は困難であり言語リハビリが可能な病院に転医を」とすすめられたといいます。様子を見に行くとAさんは手を合わせて帰りたいと訴えているのです。東京在住の息子さんも駆けつけ、状況から商売をたたみ帰省して介護にあたることを真剣に考えるといいます。私は病院を移る道は選ばず「家に帰そう、泣いているではないか」と退院をすすめました。ケアマネジャーを呼び、急ぎ介護認定手続きをとりケアプランを検討しました。ケアマネジャーはあえて息子さんが帰省しなくても在宅で支えることが可能ではないかと提案しました。息子さんは悩んだ末、主治医とケアマネジャーの連携を信頼し「よろしくお願いします。」とおっしゃり、病院の意図に反し在宅療養となりました。以後、自宅でヘルパー、訪問看護などを集中的に活用し、予後は良好、Aさんは約一ヶ月間で意識清明となり言葉も話せ、元の生活に戻っています。夫人の年齢も高く在宅での条件は必ずしも十分とはいえませんでしたが、病院間を移動した場合を想定すると在宅復帰で正しかったと考えています。不安に陥った家族が主治医の判断とケアマネジャーの提案を信頼してくれたことがなにより嬉しく思いました。

 

地域に根ざした医療

開業医の特性は地域に根ざした医療といわれます。次々に作られる老健や特養、そして市町村の介護保険課や福祉課、訪問看護ステーション、ホームヘルプステーションなど、さまざまな福祉サービス機関が増えています。自治会やその元でのボランティアによる弁当配達などもあります。これら最寄りの諸機関がどのような仕事をしているかをご存知でしょうか。行政が一元的にこの周知をはかることをしないため、なかなか見えにくいのです。これを知らずして主治医は勤まりませんが、新規事業者あるいは住民ボランティアなどの場合もあり、これらにはもちろん問題点も多くあります。
本来、介護保険ではこうしたサービス提供者を承知する役割はケアマネジャーとされますが、この職種はまだ未成熟で施設や病院から独立して中立性を保つ者はほとんど存在せず、属する機関の営業担当として機能しているのが現状のようです。
この反作用として主治医の意見書を非公開とする例が増えていると聞いたことがありますが、これは大きい誤りです。縄張り意識だけでは世の中は通用しなくなっています。また社交辞令も意味を持ちません。患者家族の生活上の問題と相互の役割を話し合い、互いに認めあうことが大切です。心あるケアマネジャーらに聞くと、開業医の敷居がもっとも高いといいます。開業医はこれら虚弱高齢者を支援するための、新らたな勢力の台頭とその育成に喜んで力を貸し、患者家族とともに厳しく評価しつつ指導的に振舞うことが求められています。

 

事例② 尿管留置カテーテルがとれた

心不全で来院していたBさん88歳女性。92歳のご主人と二人暮し。平成13年暮れ大腿骨頸部骨折でO病院整形外科に入院、手術。一ケ月後に退院しましたが術後不完全で歩行困難となってしまいました。老夫妻のため制限された生活を余儀なくされ日常の生活レベルは低下し、14年8月にはねたきりとなってしまいました。9月末、大腿骨の術後不完全が増悪し、このままでは共倒れの危険があると判断してK病院に入院、リハビリを実施。10月中旬、尿管留置カテーテルをつけたまま退院。老父妻は移動手段がなく町内で活動中のボランティアが支援、社協の福祉車両を借りて送迎、入退院時の手続き代行を行っています。ケアマネジャーが床、ベッド、手すりなど起居しやすい機器を整備。ケアプランに鍼灸マッサージの在宅サービスを組入れました。鍼灸マッサージの往診が功奏し骨折部の回復が著明にみられ、今年6月、当院にて留置カテーテルを抜去し、Bさんは自分でベッドサイドのポータブルトイレで用を足せるようになりました。近隣住民が声をかけあいその後の通院援助も行い、老夫妻を支えた好事例です。症状の回復に老夫妻はもとより町のボランティアあげて喜んでいます。

 

地域のコーディネーター

元来、主治医は個性ある患者家族の多様な要求に、常にトラブルを強いられるものです。しかしこれをわれわれは一方的に制圧してきたように思います。主治医の役割とは患者や家族の療養上の望みを実現するために働き、これを喜びとするコーディネーターにほかならないのであります。
介護保険の導入に先立つ平成11年、かかりつけ医制度が各地でとりあげられました。この制度は、疾病構造が変化し、生活習慣病や老人性の慢性疾患が今後増加することが予測されています。これを予防するため国民はかかりつけ医を明らかにし、きめ細かく継続的に診てもらうように。一方、かかりつけ医は病気の治療だけでなく生活習慣の改善などにも気軽に相談にのり、必要に応じて往診し自宅での療養生活を身近なところで支える。というものでありました。穿ってみれば介護保険に必要な主治医の意見書を円滑に引き出すための政策だったともいえましょうが、今日の開業医の基本的な課題を言いあてています。
これをきっかけに医療側から在宅ケアのネットワークを形成する試みが県下でもあちこちで行われましたが、その後かかりつけ医への実効ある制度化は実を結んではいないようです。

 

いきいき館構想

私は現在、三十例程の訪問診療を取り組んでいます。患者家族と話すと、住みなれた家で療養生活を送りたいと、ほとんどの家が在宅指向です。目下県内で5千人もが特養入所を待機中だといいますが私にはその実感がありません。患者さんたちは「いつかは入院が必要となるだろうが、そのときは先生頼む…」と言うのです。患者家族と主治医とに信頼関係があればそうやすやすと施設への道を選ぶとは思えません。この傾向は、開業医が住民から当てにされなくなったことの証左ではないでしょうか。
在宅ケアは病状が重くなるにつれ、家族の負担が増大します。したがって施設は必要だが、これを遠方の特養施設ではなく、より身近で簡便な小規模施設で吸収できないかと、考えているのが「いきいき館」構想です。この構想は、地域ごとに最寄りの高齢者を対象に、入居、ショートスティが可能で、食事、風呂、居間があり、下宿屋規模の大きさで、医療は近隣開業医が受け持ち、設置主体は自治体、運営は民間委託で行う。遊休の空き施設、例えば社宅などを借用し、近隣の顔の分かる人々が集り、家族と一定の距離をおける場とし、費用をあまりかけず少子高齢者対策の一形態とする。といったもので、子育て中の母親らや学童も利用できるものになればと考えます。なかなか実践には至りませんが目下研究中です。